2015年7月30日木曜日

子孫たちに…

峠草平。
なぜ、今このタイミングでこの役をやることになったのか、
ふと考えたことがあります…

僕の中でこの役を演じるために必要なものが生まれたのは、
間違いなく2011年3月11日、あの大きな事故です。
父が生まれ育ち、愛した町。
天災、そして何より人災によって理不尽に奪われてしまった僕のルーツ、
僕も愛した田舎町。

あの日からずっと僕の中に積み重ねられてきた様々な思いが、
戦争という人災によって、人と人との縁を、愛する街を、
愛する人を奪われた草平とリンクしています。

たったの4年で、大きな力の影響もあり、人々の中でどんどん風化していっているのを
父も僕も肌で感じています。
70年なら尚のこと。


2015年現在、日本の、軍隊・戦争経験者の方々は全人口の10%程度だそうです。
「僕は戦争の語り部になりたい」
と仰った手塚先生。
その手塚先生や先人達の戦争に対する様々な思いを胸に、
非戦争経験者として知識を得て、持てる限りの想像力を使い、
僕たちは舞台の上で追体験してきました。
たったそれだけのことですら、僕にはとても辛かったです。
これを現実として経験された方々がどれだけ辛かったか…


4年前の大事故後、今なお起こり続けている問題と、
増え続ける被害者がいる中で「影響はない」「因果関係は認められない」
「安全性は保てる」と発表してしまう日本。
そして、様々な見たくない現実に目を閉ざしてしまう僕たち大多数の人々。

きっとそれは人間の心理としては当たり前のことなんだと思います
目の前の問題に対して目を閉ざすことはとても容易く、都合がいい。
それを受け入れ、向き合い続けることはとても辛く大変なことなので。


それでも叡智ある人類として、現在を、未来を本当に考えるのなら…

先日、兄夫婦が観に来てくれました。
お義姉さんのお腹の中には8ヶ月の赤ちゃんが…
お腹に手を当てさせてもらって「こんにちは〜、おじさんですよ〜
なんて言ったらお腹の中から蹴り返してきました。
涙が溢れました。
この子達の未来のために…


本日、特別篇千秋楽。
写真の中の幼児期の自分と、愛する浪江町の海を見ながら…


藤波瞬平